変身ベルト
小さいころ、よく日曜日の朝の特撮番組を見ていた。毎週それなりに楽しみにしていたし、興奮しながら観ていたと思う。
番組の間に、作中に登場するヒーローの変身グッズや武器のおもちゃのCMが流れていた。あれはどれぐらい売れるものなのだろうか?
どこか達観したつもりになって「なれるわけじゃあるまいし」みたいなことを言って、親にねだったりしなかった。
今思えば本気でなれると思って買うものでもないのだろう。いわゆる中二病のようなものだったのだと思う。
そのまま成長して、最近まで自分はヒーローどころか何者にもなれないと思っていた。
通っていた幼稚園では、誕生日を迎えた人が将来の夢を皆の前で発表するという習慣があった。同級生はスポーツ選手だとかケーキ屋だとか、いろんなことを言っていた。
自分の番が回ってきて、私は、「野球選手になりたいです」と言った。「どこのチームに入りたいの」と聞かれると、「阪神」と、唯一知っているチーム名を答えた。広島出身で野球が好きなら、ふつうカープファンになるということを知ったのはしばらく後の話だ。
地元に野球チームがあるということすら知らなかったのにそんなことを言ったのは、夢らしい夢もなく、何か言わなくてはという焦りのせいだろう。なるつもりはなかったし、なり方も知らなかった。それから高校生になるまで、野球のルールも分からないままだった。
小学生の頃、音楽の授業で歌のテストがあった。本気で言っていたのか、それとも冗談だったのか、今ではもう分からないが、テストが終わった後に先生が私を誉めはじめ、「歌手になりなよ」と言ってきた。
誉められて悪い気はしなかったが、その言葉を私は本気にはしなかった。小学校の授業なんて、恥ずかしがらずにデカい声で歌えば誉めてもらえるものだと思っていたし、歌手なんてスーパーヒーローぐらい無理な夢だと思っていたからだ。
そのまま目標も夢ももたないまま、大学生になってしまった。
少し前に野球にドハマりした。いま、あの頃に戻れるなら、野球を始めたいと本気で言いだしていたかもしれない。
人前で歌うのが好きだと気付いた。いま、あの頃に戻れるなら、ボイストレーニングでも始めていたかもしれない。
なにかになるための努力を自己責任でできる歳になってみて、ちょっとぐらい夢を持っておけばよかったなと思い始めた。
よくよく考えると、何をするにも親にお伺いを立てなければならないという思い込みでがちがちになっていたのだと思う。そんなに怖い親でもないのに、こんなことを言ったら怒られるのではないかと思って、あんまり高いものをねだれなかったのだ。たぶん。
やりたいと言えばやらせてもらえる家庭だったはずだ。それで、やってみれば、思うようにいかなくて挫折するなり、案外うまくいくなり、自分の器を知れただろう。「小さいころに歌手を目指して鍛えていたら今どうなっていたのだろう」みたいなもやもやした思いを抱えることなく、すっきりとした気持ちで生きていけたのではないか。
自分から親には決して欲しいと言わなかったヒーローの変身グッズを、ある日友達の家で見つけた。いくつかあるうちの一つを、友達がつけてなりきりだしたので、私もそれに応えるかたちで、一つつけてなりきった。
よくできてるなとめちゃくちゃに感心して、信じられないぐらい楽しく遊んだ記憶がある。
本当はああいうのめちゃくちゃ欲しかったんだろうなと、今になって思い出している。