剣道の絵が平均をはるかにしのぐ上手さ
胴や面につけるヒモなど、細かい部分を忘れてはいるものの、写真など見ないでもそれほど間違えずに描けた。
ボタンが3つぐらいついていたのと、まっすぐではなかったということは覚えているが、それ以外に何も覚えていないので、あまり正しく書けなかった。
小・中と、剣道を習っていたということもあって、防具の機能・特徴や、着脱の仕方などについて知識がある。
反対に、トランペットは触ったことすらないので、どこに何がつながっているのか、かなりおぼろげだ。
よく知らないものは上手に書けない。
人の絵が描きたいが、描いても描いてもどうにもうまくいかない。
たまにうまくいったと思ったら変な色で塗って台無しにして、同じ絵が二度と書けなくて落ち込む。
たぶん、人の体についてそんなに注目してこなかったこととか、だれが何を着てるか考えたことがなかったりとか、漫画を読むときじっくり絵を見なかったとかのせいで、肩とか膝とかが がちがち になり、全員Tシャツとジーパンを着、肩幅が広すぎる絵になってしまうのだろうなとも思うのだけど、それはあくまで前提であって、うまくならない理由がさらに存在する。
「芸術」という言葉について、なんとなく天賦の才能とか、形のないものを連想しがちだけど、そうじゃない要素が大半を占めているそうだ。
まず体験・観察があって、試行をする。それを繰り返す。「こうしたい」という到達点が(繰り返すうちに形を変えることもあるが)あって、そこに向かっていく作業である。
思った通りの作品が作れる人は、一度試行したら、それが目標とどれぐらい離れているか分かり、正しくやり直せる人なのだ。「美的感覚」とは、「どうすれば美しくなるのかについての知識」であり、字面より理知的な技能である。
体験したことを覚えるスピードが常人をはるかにしのいでいたり、試行するうちに急カーブの方向転換をする人もいるだろうが、それは程度の話であって、原理については大概みんな一緒である。
何度もやり直す。絵を描くうちに何度もやり直し、どこに何がくっついて、何のためにそれがあるのか「身につけて」いく。
私が同じ絵を二度と書けないのは、やり直すのをめんどくさがってほとんど一筆書きみたいに書くためである。
趣味なんだから納得がいくまで何度でもやり直せばいいし、いくらでも時間をかければいいのに、すぐ「ラフ」にしてしまう。
私は剣道をやっていたおかげで剣道の絵がかけるが、別に剣道をやったことなくても剣道の絵を上手に描ける人もいる。
繰り返し繰り返し描くなかで、描いているうちは経験者並みに対象について詳しくなっているのだ。
よく調べ、理解して、描く。
ここに書くことで自分に覚えこませる。